平安時代に建立。

亀山城主に庇護された「野登寺(やとうじ)」

野登山の山頂近くにある「野登寺」。

そのはじまりは平安時代です。都の醍醐天皇(在位897〜930年)が、夢のお告げに従ってこの地に使者を送ったところ、千手観音像が祀られていました。帝は各地から銘木を運ばせ、腕のよい大工を送り込み、伽藍を建立。910年に完成し落慶法要を行うと、五穀豊穣となったといわれます。

しかし、戦国の乱世で伽藍仏閣は焼かれ大破しました。豊臣秀吉によって寺領も没収されます。

江戸時代に入ると、亀山城主の援助で本堂、鐘楼堂、庫裡、山門を再建。それ以降は、津城主や代々の亀山城主の厚い庇護を受けました。 この地区では、昔から雨乞いや米づくりにかかわる寺として、安坂山町や両尾町の人々によって守られてきました。今も4月7日は「ののぼりさん」と呼ばれる縁日があり、地元はもちろん鈴鹿市からも多くの参詣者が訪れます。